2006年02月27日

不快という貨幣/内田樹の研究室

なんとなく、ネットをみてたら
内田樹の研究室(http://blog.tatsuru.com/)というところに着いた。

そして、またなんとなく見ていたら
不快という貨幣(2006年02月23日)
という記事を読む。

「不快」を「貨幣」とみなす、ということか。

そういう見方があったんだ!と
なにか、すごい納得してしまった。

この記事を見て、以下、現在の自分なりの考え。

@日本人は勤勉である。

A父は仕事でいつも疲れていて、家族とコミュニケーションをとろうとしない
 母は時間をもてあまし、夫の不満をたらしながらも夫に養ってもらっている。
 …といったような、「不快」を我慢しなければ、
 この社会で生きていけないらしい。


@の気質も持ってAと思った子は、

「不快」を得るために頑張ってしまう!


「不快」が「貨幣」のような役割を持つとは、こういうことだと思った。

ニートと呼ばれる人たちが、気持ちよく過ごしているとは思えない。

しかしある意味、気持ちよく「不快」を得ているのかもしれない。


うーん。日本の将来はどうなるんだろう…。

ブログ・『内田樹の研究室』をもとに単行本化 したものらしいので、
 ちょっと興味を持った。
知に働けば蔵が建つ知に働けば蔵が建つ
内田 樹

街場のアメリカ論    NTT出版ライブラリーレゾナント017 健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体 身体(からだ)の言い分 期間限定の思想―「おじさん」的思考〈2〉 いきなりはじめる浄土真宗―インターネット持仏堂〈1〉

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posted by mrto at 01:00| 神奈川 雨| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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