内田樹の研究室(http://blog.tatsuru.com/)というところに着いた。
そして、またなんとなく見ていたら
不快という貨幣(2006年02月23日)
という記事を読む。
「不快」を「貨幣」とみなす、ということか。
そういう見方があったんだ!と
なにか、すごい納得してしまった。
この記事を見て、以下、現在の自分なりの考え。
@日本人は勤勉である。
A父は仕事でいつも疲れていて、家族とコミュニケーションをとろうとしない
母は時間をもてあまし、夫の不満をたらしながらも夫に養ってもらっている。
…といったような、「不快」を我慢しなければ、
この社会で生きていけないらしい。
@の気質も持ってAと思った子は、
「不快」を得るために頑張ってしまう!
「不快」が「貨幣」のような役割を持つとは、こういうことだと思った。
ニートと呼ばれる人たちが、気持ちよく過ごしているとは思えない。
しかしある意味、気持ちよく「不快」を得ているのかもしれない。
うーん。日本の将来はどうなるんだろう…。
↓ブログ・『内田樹の研究室』をもとに単行本化
ちょっと興味を持った。
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