昨日から、今日。今日から、明日。
時は連続で常に続いている。
陽はまたのぼり、くりかえす。
毎日、楽しみ、悩み、がんばり、凹み、
毎日、同じようなくりかえしを重ね、同じような明日を迎え、
たどり着いた、今日、という日。
誕生日。
なにが変わることはない。
昨日の延長線に自分がいて、今日の自分の延長線に明日がある。
冷めた考えかも知れないけれど、誕生日だからってはしゃぐ気にはサラサラなれないんだ。
ただ、今年は別の想いが、ふと生まれた。
この歳まで生きてこれた、ということが、特別なものに思えたんだ。
何か大きなダメージがあったわけではない。
むしろ淡々と毎日は過ぎている。
そうしてたどり着いた、誕生日。
ここまでたどり着けたのは、誰のおかげなんだろう。
それは、いままで関わってきた、多くの多くの人たち。
そんな人たちに、感謝の気持ちが、ふと湧いたんだ。
とくに、両親には感謝している。
いまだに心配もされてるし。
親ってやつは、いつまでたっても子供扱いだからね。
それでも有り難いことなんだろうな。
だから、今年は両親に、逆にギフトを贈ってみた。
そんな立派なものじゃあないが。植物(父)と靴下(母)だから。
ケン・ハラクマが言っていた。
毎朝、起きれておめでとう。
毎日が生まれ変わり。
毎日が生まれ変わり。
毎月が生まれ変わり。
毎年が生まれ変わり。
ま、なんだっていいや♪
誕生日、ありがとう。
P.S.
自分自身へのギフト。
ちょっと前に音楽プレイヤーがぶっ壊れてしまったので、いっそ買い替えてしまった。







